ちょっと、そこのあなた。
 そうよ、あなたよ。見たところひとりよね。急ぎの用事があるわけでもないなら、私の話を聞いてくれない? 勘違いしないでね、私はいつもはこんなに無礼じゃないのよ。でもね、今日くらいは誰かに話を聞いてほしかったの。お酒……はもう飲めないわね。まぁいいわ、私の隣に座ってよ。
 ねぇあなた、私のことどう思う? これでもそれなりに気を遣ってるから、笑っちゃうような外見じゃないでしょ。美人でもないけど。性格は大雑把かしら。かと思えば人前じゃ細かくなったりもするわ。男らしいって言われる。頼りがいがあるって。実際、相談されることも多いわ。仕事はできる方。ひとりで生きていけるってよく言われるわ。シビアとか、怖いとか。まぁ反面、面倒見がいいとかもあるけどね。
 ご覧の通り、女の子や後輩にはモテるわ。でも男はダメ。気楽な飲み友達みたいな感じになっちゃう。恋愛にまで発展できるのは稀ね。相手にその気がないって少しでも思っちゃうと、一歩引いちゃうのよ。恋愛下手の負け犬ってやつよ。自分はなんでもないって顔して仕事に打ち込んでるけど、その実、私は仕事に生きる女ですってアピールでもしなきゃ周囲の目に耐えられない。
 思えば、私は昔からそうだった。周囲が望む役割を自然と演じちゃうのよ。頼れて、強くて、気のいい姉御ってな具合いにね。まぁでも、みんなそういうもんよね。周囲が見る自分なんて、偏見ってフィルターなしに見られるわけない。でもお互い様よ。こっちだってそのフィルターと比較して本当の自分を再確認したり、それに寄り添ったりするんだもの。
 って、なんだっけ。ああ、そうそう。
 四年付き合った彼氏がいたの。ええ、そう、見事に過去形よ。
 恋って呼べるほどのものではなかったと思う。ただお互いに生活のスタンスが合ってて、なんとなく一緒にいるうちに……って感じで。楽しいこともあったわ。ときめいたりも。でもどっちも、相手が好きで好きで仕方ないとか、そういうことはなかったと思う。私のせいかも知れないけど。怖かったのよ、のめりこむのが。
 こんな風になんとなく一緒にいて、いつかなんとなく結婚するんだと思ってた。幸せってよく分からないけど、それなりに満足してたわ。
 でもね、お察しの通り、壊れちゃった。好きな人ができたんだって。びっくりしたわ。びっくりしすぎて、泣くこともできなかった。
 私の何が駄目だったの、って聞いたの。みっともないって思ったけど、聞かずにはいられなかった。その子と私と何が違うのって。後学のために教えて、なんておどけてみせたの。
 そういうとこだ、って言われたわ。
 その子ね、可愛らしいのね。あ、実はその子のこと知ってる人がいて言ってたの。可愛いって。守ってあげたくなるって。料理は並以下、虫なんて殺せなくて、すぐ泣いたり怒ったり、わがまま言ったり。
 ……私とは全然違う。でも違って当たり前よ。私は料理は好きだけど、そこを重要視しない男がいるのも知ってる。口うるさい自覚はあるけど、でもなかなか我が儘は言えない。お互いに仕事してるもの。ちなみに私だって虫は嫌いよ。でも対処しないわけにはいかないじゃない。
 うーん、『そういうとこ』って具体的にどんなとこかしら。あなたわかる? ふふ、分からないわよね。こうやって白黒つけたがるのも、『そういうとこ』の範疇に入るのかしらね。
 どれだけ長く過ごしても、ダメなときはダメね。こうなってしまって、彼は責任感じるかしら。多分感じるわね。ちょっと申し訳ないけど、でも……。ふふ、歪んでるわね、私。
 ……ごめんなさいね、こんな話して。ふふ、あなた聞き上手ね。水知らずの相手にこんな話するなんて、馬鹿な女ね。水知らずの相手にしか、こういう話ができない寂しい女なのよ。
 泣かないのかって?
 そうね、ひとりの時には泣くわ。ぽろぽろっとね。人前ではなかなか泣けない。そんなとこも可愛げなかったのかもね。
 それ、みんな言うわ。もっと甘えてみたらって。もっと寂しいって言ってみたらって。もっと。もっと、もっと。
 でもそれ、どうやってするの?
 私には分からない。呼吸するように甘えられる人は凄いと思う。素直に感情出せる子は羨ましい。でも、私にはできない。どうしたらいいか分からない。だってもし甘えて、寂しいって言って、誰も何も言ってくれなかったら。形だけの、上辺だけの慰めしかなかったら。私はどうしたらいいの? 余計に寂しさがつのるだけよ。それで私は笑うの? やだな、冗談ですよ。今日はちょっと弱気だけど、明日には元気一杯ですよって? また私は笑うの?
 笑わなきゃいけないの?
 忙しいからって言われて、それでもまだ聞いてくれなんて私は言えない。つい言っちゃう。いいよ、大したことないから。大丈夫だから。
 誰かに気にかけてほしい部分は否定しない。めんどくさいわよね、はっきり甘えないくせに、察してほしいなんて。でもやっぱり、分からない。カウンセラーでもなきゃ、ちゃんと聞いてくれるって分かる相手にでもなきゃ、話せない。それだって一杯一杯なのに。
 うん、私は臆病なのよ。そのくせ、ううん、だからこそ誰かを信用できない。というか自分を。
 自分を誇りに思え、とか。好きになれ、とか。あれってなんなのかしら。私には脳内お花畑の誰かが言ったようにしか聞こえない。馬鹿みたいよ、あれ。自信に満ち溢れてなきゃ、愛されない。愛されなきゃ、自信は持てない。これは私の持論よ。
 ……そうね、そんな部分があるのは否定しない。できないわ。こうやって語ることで、私は寂しくてみじめな自分に酔ってるのよ。でも、それって間違ってる? いけないこと? 私はそんな強い人間じゃない。強がりで見栄っぱりなだけよ。みんなそうでしょ。ただ私が極端に馬鹿ってだけよ。
 ……不器用なだけ? ふふ、そっか、あなた優しいね。
 家族はどうなのかって言われてもね。別に大きな問題はないわ。兄弟仲は悪くないし、両親も健在。虐待されたとかは勿論なくて、それなりに感謝してる。でも私、寂しかったわ。ふふ、いつからこんな風に、他人の顔色窺うばっかりの虚しい女になっちゃったのかしら。……そう、私は寂しかった。ずっと寂しくて寂しくて、愛されることを望んでた。でもね、ある日、胸が痛くなりすぎたのかなんなのか、ぐっと息をこらえてて気付いたの。ていうか。
 たまんなくなっちゃったのよ。
 もうね、私はこのままずっと寂しいままなのかなって思ったらね、たまんなくなっちゃったの。自分の嫌なとこやダメなところを一つ一つあげ列ねて、否定して、どうして私はこうなんだろうって嘆いて、そうやって愛されるのを待つのに疲れちゃったの。ほとほと嫌気がさしたのよ。
 それで気付いたら、私はお風呂場で剃刀片手に睡眠薬を飲んだってわけ。……馬鹿よね。どうしようもない馬鹿よね。笑えるわ。
 ふふ、あなた、とっても聞上手だったわ。死神流のメンタルケアってとこかしら。お仕事の邪魔してごめんなさいね。もう出発の時間は過ぎてるんでしょ。すっきりしたわ、ありがとう。
 いいえ、自分の葬式を見届けるのはやめておくわ。未練が残るもの。泣いてくれる人を見て、まだ生きたかったなんて思いたくない。私はこれでいい。でもそうね、注文つけるとしたら転生についてとか? 花がいいわね。綺麗なやつ。人間は当分いいわ。って、本当に転生ってあるの?
 あ、ごめんなさい。いい加減行かないとね。私は準備万端よ、優しい死神さん。


「とある慰め」
HOME