くちはてた教会の片隅に、車輪のとれたワゴンがある。
 久しぶりに訪れて初めて気付いたそれに、クラウドは首を傾げる。花を入れるためなのだろうか、バケツがいくつかワゴンの中にあった。車輪はとれてしまっているが、細部にまで凝った出来で、作り手の意欲が伝わってくる。
 ふと、思い出した。
 なにやってるんだ。そう問うた自分に、楽しそうに笑った彼。
 秘密だ!
 まるでとびきりの悪戯を思い付いたような、子供の顔で。あとでこっそり彼が何やら書きつけていた紙を見たら、何かの設計図のようだった。汚い字で、あれこれ注釈が書かれている。使いやすいようにと、様々な工夫がなされている。何枚も何枚も、書いては消し、消しては書いたのだろう。周囲には丸まった紙屑が無数にある。
 色んなところを走り回って、材料をかき集めていたのを知っている。
 苦手なくせして、小難しそうな本を険しい顔で読んでいたのも知っている。
 これはきっと、彼女のための。
 そう思ったら、胸の奥に鈍痛が走った。奇妙な甘みを伴うそれに、戸惑う。
 光の中に消えていった二人の背中を思い出す。
 二人の気配を感じたのは、後にも先にもあの時だけだった。病を治した泉は、まだそこにある。彼女の愛した花とともに。
 二人はここにいる。
 見えなくても、世界の中に二人がいる。
 見たかった。
 気付けば自分は呟いている。このワゴンを押して、嬉しそうに花を売る彼女を見たかった。それを見て照れたように頭をかく彼を見たかった。
 思わず目を閉じる。
 もう後ろは振り向かないと決めたが、やはり心は静かに泣いている。忘れたいとは、思わないけれど。
「ねぇ、クラウド」
 腰のあたりから呼びかけられる。なんだ、とマリンに問いかえす。花を摘んでいたはずなのに、動かぬ自分を見て気になったらしい。
「これなあに?」
「花売りのワゴンだ」
「じゃぁマリン、これ直して使いなよ」
 少女の反対側から、少年が顔を出す。花売りしてみたいって言ってたろ、とデンゼルが提案した。
 その言葉に、胸がうずいた。
「クラウド、いい?」
 伺うように、マリンが聞いてくる。あの二人なら、きっと。
「…ああ。きっと、喜ぶ」
「じゃぁ俺直すよ!」
「ありがと、デンゼル」
 少年は工具を取りに駆け出した。少女も後に続く。照れたように頭をかくデンゼルと、嬉しそうに花を売るマリンを見た気がした。笑う二人を見た気がした。

 吹き抜ける優しい風の中、花が静かに揺れた。





「花を愛す」