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ユーゲンは努めて、目の前の文字と格闘していた。 だが正午を過ぎてから、日もだんだんとその顔を地平へとうずめようというのに、たったの一冊も読みおわらない。久しぶりに風にあたりながらと思ったのがまずかったのか。ちっとも集中できやしない。 憎々しげに視線だけを横に流す。 そこには猫がぽつんと座っていた。擦り寄って甘えることも、媚びるように鳴くことすらしない。どこかの飼い猫が迷い込んだのだろう。あまり腹を空かせている様子でもない。 さっさと立ち去ればいいのに。 勝手に騎士団の庭に入り込んで、目の前に陣取って。邪魔なことこの上ない。 せっかく貰ったバレンタインのチョコもこれでは開けられない。その瞬間に催促の声でもあげられたらと、ぞっとする。 視線に気づいたのか、黒い毛皮に覆われた中からつぶらな目が向けられた。 ユーゲンは急いで視線を外し、猫はやはり静かなままだ。 ああめんどくさい、めんどくさい。 知らず言葉を紡いでいる。だから生き物は嫌なのだ。特に猫は。その目がもうすでに媚びているようにしか見えない。犬のように涎でも流しさえすればまだ可愛げのあるものを。さすれば何の迷いもなくチョコを放り投げてやって、すぐさま立ち去れるのに。 日が傾いてきた。 あと少ししたら文字を追うのが難しくなる。くそ、鳴くなり帰るなりしたらどうなんだ。 でも猫は動かない。 魔術師はしばし一考すると、挑むようにその小さな身体を睨みつけた。いいか鳴くなよと前置きして、本を片付け始める。猫は利口に黙したままだ。部屋から持ってきた三冊を小脇に抱え、騎士団の女性メンバーから渡されたチョコをポケットに捻じ込もうとする。 にゃあ。 猫が鳴いた。随分唐突だった。一つ鳴いただけだった。けれどユーゲンは固まった。 ああ、だから嫌だったんだ。 鳴かれでもしたらほっとくなんてできなくなるに決まってるんだから。
クリスは庭で不思議なものを見た。 凄腕の魔術師が猫たちに囲まれて、見捨てることもできず困り果てているのを。 手には空の包みがあった。
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