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これは、とてもとても古いお話。
たぶん、今でも続いている長い長い物語。
けれども、もはや語られることのない物語。
世界に忘れられた者たちの、
哀しい、哀しいお話。
世界には最初、
4つの者たちが暮らしていました。
1の者は とても大きな力を持ち、
長い長い時を生きる者たちでした。
2の者は とても無邪気で、
奇跡のような純粋さを持ち合わせていました。
3の者は とても大きな意思に従って、
あらゆるものの死を求める役目を負っていました。
4の者は 大きな力も意思もなく、尽きぬ命も純真さもなく、
不変のものは何一つ持っていませんでした。
1の者は 精霊と呼ばれました。
2の者は 妖精と呼ばれました。
3の者は 魔物と呼ばれました。
4の者は 人間と呼ばれました。
みんなが幸せに暮らすには、世界は狭すぎました。
魔物は大きな意思に突き動かされて、沢山の命を奪いました。
妖精は小さな身体を更に小さくするようにして怯えていました。
人間は弱いけれど力を合わせることで脅かすものと戦いました。
そして精霊は荒れる世界を見つめ、
やがて自らを守る守護者を生み出しました。
土に一滴、火に一滴、風に一滴、水に一滴、
精霊がその血を滴らせると、
そこから 5の者 が生まれました。
5の者は 大きな身体と、大きな力を持っていました。
命を賭して精霊を守るという使命がありました。
5の者は 神竜と呼ばれました。
最初に生まれた神竜のうち、2匹はつがいとなって沢山の子どもを産みました。
もう1匹は大精霊への献身として時の器となり、世界の更に上の世界―精霊郷の礎となりました。
最後の1匹は、とある精霊に生涯の忠誠を誓いました。
精霊と妖精は、精霊郷に移り住みました。
とても幸福な、夢のような世界でした。
魔物と人間は下の世界に取り残され、
彼らの侵入を阻むために、
父竜と母竜とたくさんの子ども竜が精霊郷の守りに就きました。
精霊と神竜の結びつきは、決して悪しきものに屈しませんでした。
ずっとずっと、永遠に、
それは続くように思われました。
ですがあるとき、精霊と神竜は禁じられた恋に落ちました。
深い深い結びつきでした。
何人も彼らを別つことはできませんでした。
精霊は、神竜の子を身ごもりました。
これを知った大精霊は怒り狂いました。
神竜は女神の命を助けてくれるように懇願しました。
女神は神竜の命を助けてくれるように懇願しました。
けれども祈りは届かず、
大精霊は精霊と神竜を殺してしまいました。
神竜たちは嘆き悲しみました。
再びの過ちを繰り返さぬために神竜の追放が決定されると、
彼らは絶望し、悲しみ、怒りました。
ある神竜は叫びました。
「我らの忠誠と誇りを踏みにじるのか!」
ある神竜は叫びました。
「我らは裏切ってなどいない、これこそが我らに対する裏切りではないのか!」
ある神竜は叫びました。
「主を守るために存在していた我らに、他にどう生きよというのか!」
神竜の叫びは、けれども争いを生んだだけでした。
神竜はただ訴えたかっただけなのに。
分かってほしかっただけなのに。
見捨てられることを、恐れただけなのに。
絶望が血を呼び、絶望が血を呼びました。
七日七晩の争いの末、ついに神竜は敗れました。
精霊と神竜の蜜月を終わらせたのが 恋 ならば、
神竜の運命を終わらせたのは誇りでした。
彼ら神竜に、主を滅ぼすことなどできるはずがなかったのです。
神竜は、永久に精霊郷を追放されることになりました。
中でも大きな力を持っていた4匹の神竜は、
離れ離れにされ、
永劫の時に幽閉されました。
姉は 荒れ果てた荒野に。
弟は 極寒の地に。
父は 燃えたぎる山に。
母は 毒深き森の中に。
その他の多くの神竜はありあまる力を奪われ、
追放され、
彼らを恐れた人間に殺されてしまいました。
けれど、死を免れた神竜が2匹いました。
その2匹はまだ小さな幼竜だったので、争いには参加していませんでした。
大精霊は、そのうちの雌竜に、ある役目を負わせることにしました。
それは精霊の河を守る役目でした。
成竜としての名を与え、
未来永劫、
命を賭してそこを守ることを誓わせました。
もう1匹の雄竜は更に幼かったので、
雌竜が役目を負うことを条件に見逃されることになりました。
2匹は、下の世界へ追放されました。
やがて長い長い時が経ち、あらゆるものが移ろっていきました。
精霊や妖精は、お伽話の中だけの存在になりました。
人間は、神竜のことを何ひとつ覚えていませんでした。
人間だけではありません。
世界全てが、彼らを忘れ去ってしまったのです。
忘れられるということは、最初からなかったものとされるのと同じでした。
そして力を奪われた神竜自身もまた、自分たちの誇りを忘れてしまったのです。
ただ例外は、あの2匹の幼竜でした。
成竜に成長した彼らは、忘れられたことを忘れるなどできませんでした。
世界にはもう彼らだけでした。
たった、2匹だけ。
孤独は2匹をさいなみました。
雌竜は心を閉ざし、雄竜は全てを憎みました。
やがて雄竜は恨みを胸に、世界に絶望を撒き散らすことを決意しました。
もっと仲間がいれば、
あるいは彼らと眠ることができていれば、
雌竜に課せられた役目などなければ、
彼に守るものがあれば、
また違った結末だったのかもしれません。
燃える監獄塔で、2匹は再会しました。
真っ白な雪山で、2匹は戦いました。
雌竜には仲間がいました。
人間を愛していました。
守りたいものがありました。
だから彼女は、命を投げ出して赤い目の男を守りました。
灰となった彼女の身体は、雪に溶けていきました。
神竜は最期に、たった一粒の涙を流しました。
雄竜は、本当にたった1匹になってしまいました。
雄竜は憎みました。
彼らを見捨てた精霊も、
苦悩や絶望など知らぬ妖精も、
本来ならとっくに滅びているはずだった力なき人間も。
だから魔物を利用して、魔物を取り込んで、
世界を壊したかったのです。
彼の世界はありませんでした。
それは失われてしまいました。
彼は不当に傾けられた天秤を、正したかったのです。
いいえ、あるいはただ苦しかったのかもしれません。
苦しくて、
恨めしくて、
ただただ哀しかったのかもしれません。
世界を守るために、赤い目の男は竜に立ち向かいました。
竜は勇者たちに倒されました。
その竜に、誇りはありませんでした。
その竜に、涙はありませんでした。
ただただ、哀しい叫びだけが、跡形もなく世界に溶けていきました。
こうして、
世界に忘れられた神竜は、ついに世界から消えてしまいました。
やがて精霊郷もなくなり、
不可思議な力はなりをひそめ、
世界には4の者だけが住むようになりました。
永遠に比べたら一瞬でしかない、
たった百年前のことすら覚えていられない人間だけ。
不完全で、弱くて愚かで、
けれどもあたたかく、
何かを受け継いでいくことのできる人間だけ。
人間は、他の者たちのことを忘れてしまいました。
誰かが言いました。
あらゆるものは、
この世のあらゆるものは、
ただ通り過ぎる、と。
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