笑顔であるために
01

「本気か、メルレーネ」
「本気だとも」
「正気かよ?」
「寝言を言っているとでも?」
 幾度問いかけても揺るぎない少女の返答に、二人の男は顔を見合わせた。普段なら険悪さしか漂わぬはずの二人の間には、今は別のものがあった。
「本気でセルシウス騎士団に入団するのか」
 再度問いかけたのは、魔術師の格好をした男。名をイータン・シャンルン。
「やめとけよ、そんな名もない騎士団なんて」
 続いて思い直すように声をあげたのは、冒険者のナーオ・ナーホ。
「いくらお前たちでも、私が思い直すことなどありえんぞ」
 そしてきっぱりと拒否するのは聖騎士のメルレーネ・メルヴァイクだった。
 三人は王都の酒場で膝を突き合わせて話していた。酒場であるにも関わらず、飲酒をした形跡はない。飲めや歌えやの大騒ぎをしている周囲など意に介した様子もなかった。
「もうここまで来てしまったんだ、今更じゃないか」
 メルレーネのその言葉に、二人はばつが悪くなってうつむいた。結局故郷を飛び出す彼女を説得することは叶わず、こうしてついてきてしまったのだ。随分情けない。どれほど言葉を尽くしても聞かないし、腕っぷしだけなら彼女の方が強いのだ。けれど諦めるわけにはいかなかった。
 間もなく帰還するという騎士団を待ちつつ、二人はせめてもの抵抗をしていた。今からでも遅くはない。入団してからでは遅すぎるのだから、と。
「どんな危険があるか分からないんだよ」
「承知の上だ」
「フェルミナにも守護隊はあるだろ」
「身分の高いおぼっちゃまばかりだぞ。下位貴族で女の私がやっていけると思うのか」
「セルシウス騎士団だって同じかもしれないだろ」
「実力で及ばぬと思われたのなら諦めもつく」
 イータンは天を仰いだ。ナーオは盛大に溜め息をつく。どうにかして諦めさせられないかとそれぞれに思案して、珍しく目で会話を試みる。
 だがそれもメルレーネが衝撃的な一言を放つまでだった。
「それに二人とも、騎士団に入るつもりだったんだろう?」
 思わぬ一言に、時がとまる。二人は急いで互いの目を確かめた。そしてそこに宿る色に、同時にうめく。お世辞にも仲が良いとは言えない二人だが、付き合いだけは長いから分かってしまう。その意味を。
「お前もか、ナーオ」
「嘘だろ」
「でも私はそんなこと一言も……」
「俺だって口に出してねぇよ」
「結構バレバレだったぞ?」
 呟く少女はどこか愉快そうだ。何年そばにいると思っている、と得意そうに笑う。
「ナーオもイータンも、それぞれに情報収集して、身辺整理していたじゃないか。ナーオは飲み屋のツケに、イータンはウェロー留学のお断り……などなど」
 悟られていないとでも思ったのか、とメルレーネは笑いながらも鋭い目で二人を見やった。
「二人して私に黙って…それなのに私に帰れとはどういう了見だ」
「お前は女だし」
「それに貴族だ」
 間髪いれず、二人は声をあげた。喧嘩のときとメルレーネを諌めるときは実に息があう。普段は視界にいれるのですら嫌がるというのに。
「それを言うならイータンだって貴族だろう」
「私は次男だしな」
「メルヴァイクの奥方様や旦那様にだって泣かれたろ? 帰ってやれよ」
「こんな時ばかり口を揃えるな!」
「君は一人娘なんだし」
「ナーオだって一人息子だろう」
「俺は平民だしなぁ」
「納得がいかないぞ! じゃあ何か、貴族の女は屋敷で茶会でも開いてろと?」
「少なくとも貴族の跡取り娘が無名の騎士団に入るべきじゃねぇよな」
「ナーオに同意見だ」
「こんな時ばかり……」
 メルレーネは恨みがましげに二人をねめつけたあと、おもむろに立ち上がった。強く握り締められた拳が少し震えている。彼女が怒っても男達は慣れたものだ。
 まぁまぁとなだめて、着席を促す。だがメルレーネは引かない。
 指をつきつけ、座る二人に声高く宣言する。
「とにかくもう決めたのだ! セルシウス騎士団に入団する!」
「―――それは実力を見てからね」
 急に響いた女の声に、ナーオとイータンはすぐさま反応した。即座に立ち上がり、メルレーネの近くに陣取る。武器こそ抜いていないが、緊張感がにじみでる。
 豊かな金髪を持った女は、その様子にあらと微笑んだ。
「ねぇベルグ、入団希望者よ」
「そのようだな」
 女が振り仰いだ先には、黒い鎧に全身を覆った男がいた。セルシウス騎士団の団長は魔騎士であるという触れこみだったから、彼がそうだろうとメルレーネは検討をつける。
 ナーオとイータンが制止する間もなく、彼女は進みでた。
「我が名はメルレーネ・メルヴァイク、セルシウス騎士団に入団を希望するものである」
「メルレーネ!」
 二つの声が重なる。
 だが彼女は後ろを振り向こうとはしなかった。ただ前だけを見る。
 同時に叫び声をあげた後ろの二人を見やってから、ベルグと呼ばれた男は静かに答えた。どんな表情をしているかは、兜に隠されて見えない。
「私はセルシウス騎士団団長のフレスベルグ・ロキ。まずは話を聞こう。本部へご足労願えるか」
 メルレーネはひとつ頷くと、荷物を手にとった。
 困惑したように、呆れたように見つめてくる二人を見て、はじめて声を発する。
「もし入団を認められなかったら大人しく帰るから安心しろ」
「そういう問題じゃない…」
 うなだれるイータンを尻目に、メルレーネは先に外で待つと出ていってしまった。
「どうするよ、イータン」
「私が知るか」
 団長とやらはカウンターで酒場の親父と何やら話しはじめた。一緒に入ってきたニンジャは二人をにこにこと眺めている。
「二人は一緒には来ないの?」
「……行きますよ」
「あいつを入団させないようにとかできないっすか」
「無理ね〜うちは人手不足だし。多分ベルグの中では既に頭数に入ってるわよ」
「騎士団は危険だろ?」
「少なくとも、お飾りの王都守護隊よりは格段にね」
 ニナは不遜に言った。もしここに守護隊員がいたら確実に乱闘騒ぎに発展するだろう。奴らは大して実力がない割には、むしろそのせいか、プライドだけは高い。
 イータンとナーオは呆れて見るが、女は笑みを絶やさない。
 この酒場にいないと知っているのか、たとえ聞かれてもねじ伏せられると思っているのか。考えが全く見えない女だった。
「二人はあの子が心配でついてきたのね?」
「えぇまぁ」
「でもきっと数年後には、彼女は騎士団で強者として名をはせるわよ」
「でたらめを」
「あたし、目はいいから」
 女は一見邪気のない笑顔で言った。
 どう返していいやら二人が迷っていると、話を終えたらしき団長が戻ってくる。
「彼等は」
「この子たちも入団希望者ですって」
 彼女はさくっと答えてしまうと、さぁ行きましょと男たちを促した。
 本部への道すがら、ニンジャはニナ・イクハと名乗った。団長とは夫婦らしく、先日子供が産まれたのだとか。明るくお喋りで、夫の寡黙さを補って余りあった。
 三人のこともあれやこれやと質問した。本部に帰りつく頃には、三人がフェルミナの出で、幼馴染みであること。イータンとメルレーネが貴族であり、ナーオがメルヴァイク家の使用人の子供であることまで聞き出していた。
「三人とも採用になると思うわよ〜」
 ニナは笑った。
 そして彼女の言葉通り、三人は簡単な面接のあと、あっさりと騎士団の仲間入りを果たしてしまったのだった。




 ナーオは歌を口ずさんだ。
 旅の空にあって、実に晴れやかな気持ちのままに歌った。
 入団してからすぐ、騎士団は遠征に出た。今はウォルター平原を渡ってグラツィアに向かうところだった。見渡す限りさえぎるものはなく、近付くものがあればすぐさま分かる旅路だった。
「ご機嫌だな」
 いつのまにかメルレーネが近付いてきて、そっと笑いかけた。
「あぁ、子供の頃を思い出す」
「ちょくちょく旅に出ていたものな」
「親父が生きてた頃はな」
 ナーオの父も同じく冒険者で、メルレーネの父と乳兄弟だったらしい。ふらふらと旅に出て、思い出したように帰ってきては面白おかしく話をした。そして時折、ナーオを連れて旅にも出た。
 その父が没したのはつい二年前。旅がしたい、と一言もらして死んでいった。
「お前、自分も行くつって泣いたっけ」
「な! それは言うな!」
 慌てたような怒声にナーオは声をあげて笑った。
 上機嫌なまま、軽やかに弦を弾く。旅の行程や周囲への注意を邪魔しない程度に、旅の喜びを奏でる。メルレーネはしばしその旋律に耳を傾けた。そして心底旅を楽しんでいる様子のナーオに、どこか置いていかれた気分になる。
「よかったのか?」
 だからなのか、彼女は思わず口に出していた。
 ナーオは手を休めることなく何がと問いかけ、そしてその答えに旋律を途切れさせた。
「お父上が健在の頃、旅に誘われていたんだろう?」
 事実だった。
 長くとも一年程度で終わる小さな旅ではなく、もっと何年も帰らぬような旅に、と。
「……まぁな」
「旅は楽しいとしきりに漏らしていたのに、なぜだ」
「ガキの頃はな」
「そういえばいつからか旅の話をしなくなったな」
「話すことでもねぇからだろ」
 めんどくさそうにナーオは言って、手を振った。これで終りだと合図されたが、メルレーネは納得いかなかった。
「だったら何で騎士団に?」
「理由なんてねぇよ」
「あの約束が重たかったか」
「……お前が何を言っても、俺は俺の思うようにしかしない」
 響いた声音に、ナーオはいくらかひるんだあと、言った。首をふりながら。そして決してメルレーネの方は見ることなく。 
「だからお前のせいだなんてことは絶対にねぇよ」
 そう言い切ると、ナーオはさっさと歩き去った。ああいう状態の彼は何も語らぬと、経験からメルレーネは知っていた。その背中を見送る。
 昔からそうだ。
 ナーオはいつだって、手の届かない場所にいる。 
「なぁ、イータン」
「ん?」
 その日の野営準備の際、メルレーネは一方の幼馴染に問いかけてみた。
 彼は地面に座り込んで、薬草の採取にいそしんでいる。あれからナーオは当たり前のように接してきて、あの時の話はすっかりなかったことにされてしまっていた。
「なぜ騎士団に入りたかったんだ?」
 聞きたいことはそれではないと知りながら、けれど他に問いが浮かばないまま彼女は尋ねた。
「……力を示す場所が欲しいと思ったからかな。机上で展開するだけの魔術なんて虚しいじゃないか」
 イータンはあっさり答える。どこか嘘くさい。
 だがメルレーネはそれに気付かない。自分の中のものを形にするだけで精一杯だった。
「ナーオは何故だと思う?」
「聞いてみたのか?」
「なんとなく、と」
 まともに答える気などないのだと知れる。
「ナーオの母君が言っていた。冒険者は風のようなもので、捕えようとしても無駄だと」
 そのときの彼女は、とても遠い目をしていた。そこに惚れていたと、その目が語っていたのを覚えている。
 実際ナーオの父はなかなか家族の元には寄り付かず、ふらふらと各地を回っていた。
 長期滞在することもあった。四六時中旅に出ていたわけではない。でもやはり、幼心にとらえどころのない風のような印象を受けたものだ。そして、ナーオも彼にひきずられていくのだと思った。
「……ナーオも同じだ」
「あいつはそんな大層なものじゃないさ。せいぜい風になすがままの木の葉だよ」
「私には時折、木の葉が風を操っているように見えることがあったよ」
「考えすぎだ」
 そうか、そうだな。メルレーネは淋しく笑って言った。
「メルレーネ、君はナーオを捕まえたいのかい」
 イータンはあくまで冗談めかして問うた。でないと聞けないことでもあったし、聞きたくないのも本音だった。
「……昔は遠くに行くのが寂しかった」
 それは知っている、と彼は言いかけた。ナーオが父親に連れられて旅に出るとき、メルレーネは決まってだだをこねた。自分も行く、ひとりにするなと。その時イータンはそばにいながら、彼らの間に横たわる絆に太刀打ちできないのだと思い知らされたものだ。結局メルレーネの父母が一度強く諭してからは口に出さなくなったけれど、やはり寂しそうにしていた。そしてナーオも、決して一年以上屋敷をあけることはなかった。どんなに誘われても、首を横に振り続けた。
 イータンには分からない。
 ナーオが入団する理由など、知りたくもない。だが案外簡単なものなのかもしれないとも思う。イータンの、建前ではない本当の理由と同じように。
「メルレーネ、明日にはグラツィアに着く。早く準備を整え、きちんと休まねば」
「……それもそうだな」
 イータンには分かる。
 少なくとも、分かることならいくつかある。三人それぞれの心の行く先なら。
 小さい頃から見てきた。一つ年長の自分が二人の手を引いて歩くこともあった。彼らの並々ならぬ絆も、住む世界の違いも。ちゃんと理解している。
 つい先日、兄が言った。

 なぁイータン、ロキ家の台頭を知っているか。
「知っていますよ」
 おそらくこれ以上に力をつけてくるだろう。今のうちに戦力を把握しておきたい。
「私に行けと?」
 お前ならば確実だろう。
「……そうですね」
 ならば魔術院への入学は取り消しておくように。
「わかりました」
 ああ、それと。
「はい」
 あれの首尾はどうだった。
「“掃除”なら滞りなく完了しました」

 ―――住む世界が違う。
 誰かの命を排除することを一つの仕事とするような一族だ。そしてそれを掃除だと言ってしまえる。そしてそれに対して特に痛みを感じないのが、最も彼らと違う部分だと自覚している。
 今まで共に歩めたのは奇跡のようなものだ。
 一族や自分の進む道の途中に障害として立ちふさがらなかったからこその縁。
 イータンはメルレーネを見つめた。彼女は視線に気付く様子はない。黙々と剣の手入れをしている。
 そう、理由は単純だ。

 私は、彼女から逃げ出したかったのだ。

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