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私がこの研究に興味を持ったのは、魔法都市にある巨大なウェロー図書館で、とある人物の手記を見つけたことに由来する。
その手記は、魔法都市が誕生した当時の様子を克明に記したもので、ウェロー図書館の一角に無造作に置かれていたことから私の興味をいたくそそることになった。それを目にしたときの、私の衝撃といったらなかった。私は隅々までその手記を検証し、歴史にうもれた事実を次々と発見した。
それは奇跡以外の何物でもなかった。なにせ活版技術などない時代のものだったし、個別に保護されたわけでもなかった。何らかの運命によってその手記は著しい破損を免れ、気の長くなるような時を経て私の手元に転がりこんだのだから。
とはいっても、全てのページが無事だったわけではない。正体不明のしみだったり、虫食いだったり、手記の三割程度には何らかの小さな損傷が見られた。
私はその手記で欠けた部分を補うために、またその信憑性を確かめるために、色んなところをかけずりまわった。
一生かけても読みきれないとされるウェロー図書館の蔵書量をあれほど頼もしく、また憎らしく思ったことはなかった。また、魔法都市を飛び出して各所へ取材にもいった。近場でいうなら白炎の村、極寒のシーラ、王都にも顔を出した。今は立ち入り禁止とされているケミー砦ではえらい目に遭った。私はもうすぐジャイアントにぺしゃんこにされるところだった!
なによりもありがたかったのが、研究を生業としている者たちの特性だろうか。魔術師、もちろん私も含めてだが、貴重な研究を守るために建物自体に特殊な保護魔法をかけるのが通常である。これによって、たとえ興味のない文献でも著しい損壊を免れていた。快く史料を閲覧させてくれた彼らには改めて感謝を述べたいと思う。
とにもかくにも、そうして必死で集めた史料は、私にこの研究における重大な確信を抱かせるにいたった。それは今まで教えられてきた歴史との差異に他ならなかった。
私は歴史書の行間に埋もれてしまったアリオーソという魔術師の手記と、それを補完するものとして魔女シーラの覚え書き、その彼女の付き人をしていた人物の手記などを繋ぎあわせて、私の発見をここに記そうと思う。
それに先立って、私が図書館で見つけた手記の内容に触れる前に、今日まで伝わっているウェローの歴史について軽く触れておこう。
ウェローがあった場所には最初小さな遺跡があったと言われている。これはまだアルセナ王国がアクラル全土を統一する前の時代だ。当時は当然、ウェローという名前はついていなかった。魔術師や魔女が集うといったようなこともなかった。北の地の、忘れられた遺跡のひとつでしかなかった。
ただの辺境でしかなかったノースランドに、当時シーリンドや南アクラルと小競り合いを起こしていたアルセナ王国は見向きもしなかった。それゆえにノースランドもエルフランドも概ね平和だったといえるだろう。だが変化は訪れた。ある類稀な力を持った魔術師が、ノースランドに姿を現した瞬間から。それがまさしく転機だった。
ついでに当時の魔術にも触れておこう。魔術には様々な形態があるが、魔術師や魔女が用いる魔術は、魔力を用いて精霊に命令して引き起こされるものだ。精霊言語と呼ばれる、人間には発音できない言語を用いて精霊に命令する。大古の人間は発音できたらしいが、人間があまりにも大きな力を得たために精霊によって発音できないように作り替えられたと言われている。それをアングアロスの奇跡と結び付ける研究者もいる。
今現在の魔術では、音ではなく魔力で構築式を描くことによって精霊に命令している。魔力を身体の外で操る術は、一般的には魔術師や魔女にしかできない。だが当時の魔術はひどく不完全で、構築式が確立されていなかったことから、度々魔術の暴走を引き起こした。諸刃の剣だったといえる。
そんな時にひょっこり現れたノースランドの魔術師は、理路整然とした方法論と膨大な魔力を持っていた。瞬く間に噂は広がり、魔術の心得がある者達はこぞって彼の元に集まった。その魔術師を、人々は敬意をもって『ウェロー』――識る者、と呼んだ。これが魔法都市の始まりだと言われている。
やがてその魔法技術に恐れをなし、また同時に利用しようともくろんだアルセナ王国がノースランド支配に乗り出すのだが、それは追って語っていくとしよう。
その偉大なる魔術師の存在は一種の神話のような扱いを受けていて、どこの歴史書にも史料にも、彼の存在を裏付けるような記述は見当たらなかった。これは実に奇妙なことだが、おそらく何らかの意図が働いたのだと想像するのは難くない。ウェローは忘れ去られていた。今日までは。
そう、私が見つけた手記こそが、偉大なるウェローの存在に言及したものだったのだ!
この話を誰にしても私の正気を疑われたものだが、手記さえ捏造だと言われたのだが、それは瑣末なことだ。私はウェローの存在を確信している。
さて問題の手記だが、それはウェローの片腕だったアリオーソという人物が書いたものだ。書き出しは不吉な言葉で綴られている。
以下、手記からの抜粋である。
『魔術師アリオーソがこれを記す。
僕はここに僕自身のこと、同門であり相棒だった魔女シーラのこと、そして師であり友であったウェローについて記しておこうと思う。おそらく僕が老いを迎えて緩やかな死の間際にこれを書くことはないだろうから、アルセナ王国への併合が為されたこの日に、一気に書いてしまおうと思う。これは後世に対する何らかの訴えでもなければ、忘れ去られることへの抵抗手段でもない。
これは僕の遺書である』
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