02

 私はアリオーソの手記を調べるにあたり、まずはウェローが封印されていたとされる凍土の森へ足を運んでみた。
 例によって魔物にでくわさないかビクビクしながら進んだものだが、魔物はおろか遺跡にも辿りつけなかった。けれど彼らの辿った行程をさかのぼれば、各地でその痕跡が少なからず見受けられた。だからウェローが存在したと私は確信している。
 だがそこで疑問になるのが、何故ウェローは封印されていたのか、という点だ。手記にあったとおり魔物を瞬時に眠らせるほどの力を持っていたのなら、そんな封印くらい易々と解けただろう。あるいは、彼は自らを遺跡に閉じ込めたのであろうか?
 同じ疑問をアリオーソも持ったが、ついにウェローから回答を得ることは叶わなかったようである。ただ黄昏の魔術師と謳われたアリオーソは、そのことについてこう書き記した。
『きっと誰かの手によってそうされたにせよ、彼自身があの森に身を沈めることにしたにせよ、彼はそれをそうするべきだと思ってしたに違いない。彼は時折全てを見透かしているのではと思うほど、迷うことなく行動した。
 彼と出会ってから数年間、僕とシーラは彼から魔術を教わったが、彼が全てを知っているのではないかという希望ともつかない確信は、ますます強まるばかりだった。今になって思う。
 彼はきっと、あそこに僕らがやってくるのを知っていたのだ、と』

  ◆

 僕らは海を渡り、ケイム平地を超え、ケムの森に住みついた。なぜウェローがその地を選んだのかはよく分からなかったが、僕らは彼から与えられる知識にすっかり夢中になっていた。
 もう僕もシーラも、自分の中にある魔力が暴走する心配をする必要はなかったし、あまつさえ魔力を使って今まで出来なかったこともできるようになった。ウェローは生徒をあからさまに褒めるような教師ではなかったが、僕らには彼の教えを余すところなく吸収している手ごたえがあった。
 ケムの森の中には湖があり、更にその湖には小島があって、そこは小さな楽園だった。凍土の森にあったような遺跡が存在していたのにはかなり驚いた。更にそれには魔よけの効果があったので、その小島は住むには格好の場所だった。ウェローによるとそういった遺跡は各地に散らばっていて、昔はその遺跡を中心に街を作ったのだということだった。遺跡は精霊郷との力の循環を安定させる役割を担い、それが正しく機能しているうちは魔物を寄せ付けない。反して結界としての役割を失ってしまった遺跡は、凍土の森のようによどんだ力を発することになり、魔物をひきつけるものと化す。
 そんな誰も知らないような昔のことまで、ウェローはよく知っていた。
 僕が危惧していた研究所からの追っ手は、海を越えてまでやってくるほどの情熱はなかったらしく、僕はようやく安心できた。「しつこい男って嫌ね」シーラはそうやって鼻で笑っていた。
 僕は三人で暮らしていく中で、進んで穏やかさと呼べるものを自分に身につけさせようとした。何故そうしたかは分からない。僕はきっと変わりたかったのだと思う。
 シーラは、あまりそういうことはなかったようである。彼女は出会ったときと同じく冷ややかで、けれど少し歩み寄ってくれたように感じられた。特に師であるウェローに対しては、惜しみない敬愛と献身でもって接した。彼女にはきっと尊敬できる誰かが必要だったのだろうと、当時は分からなかったことがこれを書いている今では分かる。
 そう、僕ら三人の生活はとてもうまくいっていた。魔力が正しく循環しているときのように、少しの息苦しさもなかった。シーラの中に潜む吹雪のような激しさも、僕の中の闇に隠れた歪みも、ウェローとの生活ですっかりなりを潜めたかのように思われた。
 僕らが基礎的な魔術を会得する頃には五年ほどの歳月が流れていて、その頃にはどこから聞きつけたのだろうか、多くの魔力を持った者たちが集うようになっていた。それまでに近隣の村で魔法を使って手助けをし、その代わりに日々の糧を得ていたのが主な要因だろう。
 ウェローは何もいわずに、その全てを受け入れた。ただ僕らにとって誇らしかったのが、彼自身が教えを授けたのは僕とシーラに対してだけだったという事実だった。彼から授かった教えを、僕らが集った者たちに教えた。僕らの生徒たちは、ウェローを偉大な存在と見なしていたようだけれど、実際彼の凄さを目の当たりにすることはなかった。
 それこそがウェローの狙いだったのかもしれないと、今では思う。彼は魔術に道筋を示すことはしたけれど、決して僕らを率いて進もうとはしなかった。上に立とうともしなかった。
 彼はなぜ僕らの前に姿を現したのだろう。
 その答えは結局分からずじまいだった。僕がそうだろうと想像したものはあっても、それは結局僕自身のものだった。シーラにはシーラの答えがあっただろうし、ウェローが何を考えていたかは僕らには永遠の謎でしかなかった。それが僕は少し淋しかった。
 ウェローは偉大だった。僕は彼のそのつま先すら僕らに属するものではなかったと思っている。もっと別の場所にいるべき存在が、たまたま少し歩みよってくれたというような、そんな感覚だった。
 シーラはどう思っていたのだろう。それは今となっては分からない。これから語り合うこともない。
 僕は彼女を裏切ったのだから。

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