03

 魔術師ウェローは何者だったのだろうか。
 アリオーソの手記を読み進め、そしてそれを補うために様々な史料をあさるうちに、その疑問は私の中で膨らむ一方だった。アリオーソは、彼をまるで人間ではないかのような言い方をしている。もちろんそれは比喩には違いないだろうが、手記を読み進める限りでは精霊や妖精といった、一種自然に近い存在であるかのような錯覚を覚えたものだ。
 魔術の始まりについては諸説あるが、最も有力なものは先にあげた精霊言語にまつわるものだ。人は精霊と言葉を交わすための言語を教えられ、それは名もなき精霊たちにとっては大きな強制力を持ったがゆえに人は争い、世は荒れた。それを嘆いた精霊は人から精霊言語を取り上げ、決して発音できないように作り変えた、というものである。一旦は取り上げられた精霊言語を用いた魔術が、発音できないにしても何故存在するのかという点については、それこそ星の数ほど説がある。ずるがしこく隠しておいただとか、書き付けを残しておいただとか、あまり説得力のないものや中には笑えるものまである。だが私がこの手記を見つけたときに連想した説が一つだけあった。

『一人の魔術師あり。其の者、精霊に愛されていたがゆえに、精霊と誓約を交わせり。失われし精霊の言の葉を授かりし其の者、人の過ちを繰り返さんがためとして、視る者にのみ言の葉を授けり』

 視る者、とはすなわち我々魔術師のことである。我々は魔力をその眼に捉えて操り、精霊言語を織り交ぜた構築式を常人には見えぬ形で描きだす。魔力を視る力は生まれつきのもので、才能だ。常人が魔法陣を見てもただの落書きしか見えぬように。熟練した魔術師なら呪文だけでもって、あるいは外界との媒介など全く必要としないで、魔力だけで織り成した構築式を宙に描くことができる。そうやって精霊に命令するのは我ら魔術師と魔女だけだが、巫女や祈祷師、神官や僧侶などはまた違う力の発動をする。
 と、これは今回の本筋には関係ないことであった。それを説明する機会は、ウェローの優秀な教授たちに譲るとしよう。
 さて、話を戻そう。
 前述の伝承を私が目にしたのはまだ学生の時分であり、なぜそれを何年も経たあとに思い出したのかは不明である。けれど多くの研究者が体感するような閃きが私にも訪れたのだと思うことにしている。そう、私にはこの伝承の魔術師が他でもないウェローではないかと思ってしまったのだ。
 ウェローは決して歴史の表舞台に立とうとは思っていなかったようである。もちろんそれはアリオーソやシーラにもいえることだが、かの偉大な魔術師のそれは、もっと徹底的だったような気がしてならない。あたかもその強大な力で人の世を歪めてはならないといったような。
 この発想はさすがに荒唐無稽であろうか。ただ私を魅せたこの手記は、どこまでも私の想像力をかきたてるのだ。
 魔術師ウェローが、私を惹きつけてやまないのだ。

  ◆

 三人での生活のことは、これ以上詳しくは書かないでおこうと思う。シーラは僕がこの手記に具体的な生活について書くのを嫌うだろうし、というか見られた瞬間に破られそうな気もするので。僕もあの幸せな時代のことはそっと胸にしまっておきたいと思う。
 ただ僕から見たシーラのこと、そしてウェローのことを少しだけ書く分には彼女も許してくれるだろう。僕はあの時代を少しだけでもいいから形に残しておきたい。まだ街としての体裁がなかった頃、噂を聞きつけて僕らの元にやってきた者の多くは既になく、それを淋しいと感じているせいかもしれない。
 ウェローが僕ら以外に教えを授けようとしなかったのは前述した通りだが、彼が普段どう過ごしていたのかを少し書いておこう。彼はその神秘性を抜きにすれば、いや、その神秘性によって『変人』という烙印を逃れたのだと僕は思っている(誤解しないでほしいのだが、僕は彼を尊敬している)。
 彼ほど自然のままに生きていた人はいないと僕は思っている。それは別に彼が服を着なかったとか、原始的な生活を送っていたという意味では、もちろんない。陽気のいい日には芝生に寝転がり、精霊の囁きに耳を傾け、雨が降ればその身を打たれたままにした。そうして時々思いついたように構築式を猛然と組みはじめ、あっという間に完成させてしまったあとは見向きもしなかった。彼という人間をどう表すかは、とても難題だ。偉大な天才、という使い古した表現をするのは心苦しいのだが、それ以外に僕の語録に該当するものがない。彼には力があり、知識があり、あるものをあるように受け入れるだけの器があり、静かな愛があり、遊び心があった。
 僕もシーラも、集まった者たちも、全員がウェローに惹かれていた。シーラの傾倒ぶりは先に述べた通りだ。もちろん僕もウェローを深く尊敬していた。けれどおそらくその時から、僕は黒くて小さなしみのような、そんな感情も抱くようになった。彼はあまりにかけ離れていた。僕はあまりに矮小だった。
 シーラはきっと、そんなことはなかったんだろうと想像している。彼女が女性だったからだろうか。一点の汚れもないような、雪原のような心を、彼女はウェローに捧げていた。そんな美しい彼女が僕は羨ましく、またそうさせているウェローが羨ましかった。
 集まった生徒たちは、彼女の冷めたような性分や外見、ぴんと冷たく張り詰めたような魔術を指して、彼女を「白の女王」と呼んだ。もっとも、シーラはそれに全く関心を示さなかったわけだが。
 彼女は氷のようだと称された。彼女は雪のようだと称された。けれど僕は、彼女は白夜のようだと思っていた。冷ややかに構成された全てが、ただひとり、ウェローに対してだけ光を灯すようになるのを知っていた。普段は誰に対しても敬意など見せることもないのに、彼女が敬愛してやまない彼に対してだけはまるで君主のように膝を折る。椅子に腰掛けたウェローの前に膝をつき、その白雪のような指先でかの魔術師の手に触れる。ただそれだけの所作が、白く塗りつぶされたような彼女の、隠された太陽のように僕には思えたものだった。
 そして何より、彼女が女王と称されるだけの事件があった。それは生徒が集まりはじめて数年が経ったある日、僕とシーラが出会った、あの忌々しい研究所に関するものだった。当時の僕らの集落には、その研究所から逃げ出してきた子どもが何人かいた。それに対して、先方から引き渡すよう要請がきたのだった。
 当然応じることはできない、とシーラは言った。僕も同じ気持ちだった。そもそもあんな非人道的な施設があること自体、許せないことだった。それに対してウェローは静かに頷いてくれた。
 シーラは研究所へと出向くつもりだと、再三の催促が届けられたときに言った。僕もついていくと言ったけれど、「私ひとりで充分よ」と軽くあしらわれてしまった。僕らの集落は、政のようなことはしていなかったとはいえ、僕とシーラが主に管理していた。だから両方が外に出るのは良くないとは分かっていたけれど、僕はひどく申し訳ない気持ちになった。
 かくして彼女は出かけていった。そしてあっさりと研究所にいた他の子どもを引き連れて戻ってきた。僕は一体何をしたのかと、問いかけることはしなかった。臆病な僕の中にさえ、あの施設に対する恨みはしっかりと残っていたのだ。誰よりも誇り高い彼女が、尊厳を傷つけられた当時のことを忘れているはずがなかった。ウェローも何も言わなかった。連れてきた子どもの大半は彼女に感謝しつつも恐れていたけれど、少数は彼女を女神のように崇めていた。
 この北の大地が決して美しいばかりではないのと同じように、シーラにも吹雪のような激しさがあった。全てを白に飲み込む、雪嵐のような。

  ◆

 私が調べた限りでは、魔女シーラに関する史料は、アリオーソに対するそれよりも比較的多かった。しかし彼女は私生活を探られることへ極端な嫌悪を示す性分だったらしく、それは大体彼女が編み出した魔術に対しての記述に終始していた。
 その中でも、彼女が晩年をすごしたとされる極寒のシーラに、興味深い記述があった。その地の有力者の家に保存されていたそれは、かつて研究所から救い出された魔女ロッダが記したものだった。あくまで魔術書といった内容の中で発見した、数少ないシーラに関する回想を以下に記す。

『雪を用いた魔法では、シーラ先生の右に並ぶものはいなかった。わたしはあのケミー砦での戦いよりも昔に、直にその威力を目の当たりにしていた。それはわたしがあのおぞましい研究所にいた時のことだった。
 彼女は北からやってきて、大量の雪をつれてきた。彼女が杖を振るい、美しくすらある呪文を唱えると、激しい吹雪があっという間にあの忌々しい研究所を埋め尽してしまった。
 わたしはその時、悲鳴あるいは喝采をあげることはおろか、憎らしい研究員のように逃げ出すことすらしなかった。わたしの足は氷ついていた。
 白の女王ともいうべき威厳と美しさと、何よりもその冷たさに』

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